2024年4月29日月曜日

An Outcast of the Islandsについて、その2


Colin Bassの1stソロアルバム「An Outcast of the Islands」は、Joseph Conradの同名小説の純粋なコンセプト・アルバムではなく、Colin Bass自身の二つのエピソードを交えての独自の物語であることが、再発盤CDのジャケ裏に記載されています。

とは言え、Conradの小説にインスパイアされた部分も多々あるようなので、以下、角川文庫版を元に、ざっくり小説のあらすじをご紹介します。

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■ あらすじ

・主人公のウィレムスはオランダ人で、17歳の時に英国人のリンガードと出会った。リンガードは自身の船フラッシュ号の船長で東南アジアで交易を行い、「ラジャ・ラウト」(マレー語で海の王)と称されるほどの成功をおさめていた。リンガードは、利発なウィレムスを気に入り、航海に同行させた。

・リンガードは、インドネシアのマカッサルにある貿易会社の職をウィレムスに斡旋した。ウィレムスは才覚を発揮し、違法な取引も含め大きな成果をあげたことから、ヒューディング社長の腹心の部下となり、30歳の現在は羽振りの良い生活をしていた。家族はポルトガル人の血を引く妻ジョアンナと息子一人だが、ウィレムスは、ジョアンナの実家ダ・スザ家も養っており、成功者を気取る彼は、妻や周囲の人々へ横柄な態度をとっていた。

・ウィレムスは会社の金を横領していたが、穴を埋める前にそのことが発覚し、家族と逃亡を考える。しかし妻のジョアンナは彼を拒絶し罵倒する。ウィレムスは自尊心を打ち砕かれ自殺を考える。

・折よくマカッサルにフラッシュ号が寄港し、ウィレムスはリンガードと再会する。リンガードの情報収集により、横領の発覚がウィレムスのことを良く思わない社員やダ・スザ家の義弟の讒言に端を発したこと、さらには妻ジョアンナは、実はヒューディング社長の娘であり、知らずにダ・スザ家の面倒を肩代わりさせられていたことを聞かされ激昂する。リンガード船長はウィレムスを諫め、ザンビル島のとある川辺にある交易拠点へ身を隠すことを提案する。

・秘密の航路を知るリンガードは、この地域との交易を独占しており、巨万の富を得ていた。また、リンガードは、海賊ラカンバの侵攻を撃退したことで酋長パタローロを手なづけ、地域の実権を手にしていた。リンガードの命を受けて交易拠点を管理しているのは、娘婿のオルマイヤであった。リンガードはウィレムスをオルマイヤに託しフラッシュ号で航海に出る。リンガードの後継者を自負するオルマイヤは、リンガードと懇意なウィレムスを疎ましく思い、二人は反目する。オルマイヤ邸に居づらくなったウィレムスは、サンビル島を散策して時間を過ごすようになる。

・ある日ウィレムスは海賊オマルの娘アイサに出会い、美しい彼女に夢中となる。アイサは白人のウィレムスを警戒するが、言葉が十分には通じないにもかかわらず、徐々に二人の距離は縮まっていった。ウィレムスはオルマイヤ邸を出て、オマルの世話をするアイサの元で暮らすことを決意する。

・アイサの父オマルはマレイの海賊で勇名を馳せたが、白人との戦いで息子と部下を失い、自身も半死半生となり失明した。その後、スペインの海賊掃討から逃れるため、部下のババラッチの手配でこの地域に隠れ住み、パタローロ酋長の情けを受け娘アイサと細々と暮らしていた。一方、野心家で狡猾なババラッチは、ラカンバやリンガードの商敵アブダラに接近し、覇権を白人から奪い返す機会を窺っていた。

・ウィレムスとアイサの関係を知ったババラッチは、これを利用してウィレムスを操り、秘密の航路情報をアブダラへ教えるよう画策する。ババラッチの手配でウィレムスはアブダラとの会談を持ち、金と引き換えで航路を教えることで合意する。

・その晩のこと、白人への憎しみが強いオマルはウィレムスを殺そうとするが、アイサがこれを遮り、激しい格闘の末に父オマルを殺害する。この地に居場所はないと考えたウィレムスは、アブダラの船の案内役を終えたらアイサと二人でザンビルを出ることを決意する。

・ウィレムスの案内でアブダラの帆船が入港すると、暴動が起きて地域は無政府状態となる。オルマイヤも暴徒から襲撃を受ける。襲撃に加わったウィレムスとアイサは、オルマイヤをハンモックに縛りあげ罵倒した。以後、地域の実権はラカンバが握り、交易の主役はアブダラがリンガードにとって替わった。

・リンガードがウィレムスの妻ジョアンナと息子を連れて交易拠点に戻って来た。オルマイヤは、ウィレムスの裏切りをリンガードに報告するとともに、リンガードの帰還の遅れを責めた。リンガードが遅くなったのは、フラッシュ号の遭難が原因であった。船を失ったリンガードは交易を諦めるが、今後は川上で産出する砂金ビジネスに取り組むことをオルマイヤに伝える。

・リンガードはウィレムスを殺すつもりは無かったが、何らかの決着をつけるべく彼の元へ向かう。オマルの亡骸に付き添っていたババラッチは、ウィレムスを探す人の声を聞きつけ、リンガードを出迎える。ババラッチは自身の身の上話などを長々と話し続け、あれこれリンガードを挑発した上で、傍のウィレムスの居宅を指し示した。リンガードはアイサを見つけウィレムスの居場所を尋ねるが、彼女のウィレムスへの思いと激しい言葉に圧倒される。そこへウィレムスが現れ、アイサの激情を持て余す自分を彼女から引き離し連れ帰るよう懇願する。裏切りを詫びるでもなく、しかも全てに依存的なウィレムスに失望したリンガードは、殺す価値もないと見捨てて去っていく。アイサは満足するが、ウィレムスは自分の命運は尽きたと思い悲嘆に暮れる。ウィレムスはリンガードからの食料の施しで食いつなぎ無為に過ごす。

・自分を陥れたウィレムスの生存を知り、オルマイヤは落胆する。オルマイヤは一計を案じ、ウィレムスに未練があるジョアンナをアイサと対峙させるべく、船と案内人を手配してウィレムスの住まいへ向かわせる。アイサは、ジョアンナと息子の姿を目にし、ウィレムスに妻子がいたことを知る。自分とジョアンナとの間でどっちつかずのウィレムスの姿を目の当たりにして、全てをウィレムスに賭けていたアイサは半狂乱となる。「殺せ! 殺せ!」と囁く父オマルの声が聞こえ、アイサはウィレムスを銃で撃ち殺す。

・数年後、ザンビルでの一件に関わった人々の顛末を、何者かにオルマイヤが語るところで物語は終わる。(ラカンバはサルタンに、ババラッチは総務局長になっていた。リンガードは砂金採掘の後ヨーロッパで行方不明となった。)

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■ 補足

1 この小説は、主人公のウィレムスだけでなく、様々な登場人物の視点で物語が綴られており、同じ事案が異なる人物から語られたり、セクション間で時間が合前後する部分が出てきたりしています。このため、小説上では、私が書いた「あらすじ」の順番通りには展開していない部分があります。

2 オルマイヤは、Joseph Conradの処女作「Almayer’s Folly」にも登場していますが、何とConradが1887年にボルネオで出会った実在の人物とのことです。手持ちのConradの伝記に次のようにあります。「ボルネオのベラウ川を航行中のことであった。彼は、最初の小説『オールメイヤーの阿房宮』の、実に哀れで間抜けな主人公をうむきっかけとなる男と出会っている。」(Chris Fletcher著「大英図書館 シリーズ 作家の生涯 ジョウゼフ・コンラッド」 P44)

3 オマルとラカンバ、二人の「海賊」の首領が登場しますが、この地域の海洋生活者のありようとして決して特殊な人々ではないようです。私の手持ちの書籍に次のような記述があります。「海賊は、同時に漁民であり交易商人であった。かれらは生業が不振になれば、海賊業にいそしむ以外になかった。ヨーロッパ植民地主義者がこの地域に多くの海賊を発見するのは、かれら自身の交易独占政策が発生させた結果を、それと気づかず眺めたにすぎない。かれらは、この土地の正当な抵抗者を身勝手にも海賊と呼んだのである。」(鶴見良行著「マラッカ物語」 P101)

4 他方、リンガード船長は、この地域との交易で巨万の富を得た強き成功者として描かれますが、やはり少々割り引いて評価する必要があるようです。同じく前出の書籍には、「帆船時代には、商船さえも武装しており、隙あらば相手を襲った。西洋の進出者は、しばしばアジアの海洋民を海賊と非難したが、かれらもまた同様の行為を犯していた。」(P96)とあります。リンガードと戦ったオマルやババラッチの激しい敵愾心は、推して知るべしでしょう。

5 映画版の「文化果つるところ「Outcast of the Islands)」は、リンガードがウィレムスを見捨てて去っていくところで終わります。

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■ とりとめない感想

1 英語を母国語としないConradに原因があるのか、それとも訳者のせいなのか私には分かりませんが、文章に屋上屋を重ねるようなまわりくどさがあり、少々読みづらく感じます。ただ、東南アジアの風景描写や対峙する人物の緊迫した感情表現にはこれがマッチしていて、異様で生々しい迫力があります。

2 主人公のウィレムスですが、利己的で虚栄心が強い一方で依存的で、ありえない誤った選択をし続け破滅のゴールへ突き進みます。作者の書きぶりも批判的で容赦ありません。とにかく最後まで共感も感情移入もできない破滅的な主人公です。現代的なリアリズムではなく、作者の思考実験的な人間関係物語なのかなと思ったりします。

3 白人の登場人物が現地の人々に対して侮蔑的言葉を発する場面が多数あります。まあ、清少納言も「にげなきもの 下衆の家に雪の降りたる」と書いてますし、時代的制約と割り切るべきなのかもしれませんが、読んでいて何とも嫌な気分にさせられます。白人から地域の実権を奪い返して物語が終わるので、個人的には良しとしています。

4 作者のJoseph Conradは、英国籍を取得したポーランド人です。当時は、ロシア、プロイセン、オーストリアといった列強に蹂躙され故国ポーランドは消滅しており、彼の父親も抵抗運動に身を投じていたといいます。物語上での西欧人と現地の人々との対立構造が、当時のポーランド人のありようと重なるように思えました。

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次回は、Colin Bassのアルバム自体について書いてみます。